喉が渇きます

人間の体は上手くできていて、外食して味の濃いものを食べると喉が渇いて勝手に水分を摂ろうとします。電解質や糖質からなる体液の浸透圧を一定に保つ働きがあるのです。
運動して汗をかきすぎたり脱水気味になった時、わずかに体液の浸透圧が上昇すれば口渇中枢が刺激され、水を飲む行動とともに腎臓で水分の調整が行われ、尿を少なくし体液を貯留します。逆に水分を摂りすぎると正常な状態では口渇中枢は刺激されず直接抗利尿ホルモンが抑制され尿がたくさん出ます。
このように普通の状態であれば体が勝手に水分や電解質を調整してくれています。

また一時的なストレスや興奮したときには交感神経が緊張し口が渇きます。その結果水分をたくさん摂るようになります。でも緊張が収まれば通常の状態となりその後尿量が増えてきます。これは普通です。

当院でよく行う高濃度ビタミンC点滴。ビタミンC濃度を上げていくと浸透圧の高い点滴が体に入ります。点滴開始から30分程度で徐々に喉が渇いてきます。水分を欲しいだけ摂るのですが、75gビタミンCでは約2Lの水分を飲む方も。そうやって徐々に体の浸透圧は薄まり正常な状態に戻ります。その後何度もトイレに行き過剰な水分を排出します。これも正常の反応です。

では普通ではない状態とは。

60代男性。舌以外がすごく渇く。1日中水分を摂っている。トイレが頻回で困る。と来院されました。恰幅の良いバリバリ仕事をされている男性であり、まずは糖尿病を疑いました。血糖値530mg/dl、HbA1C 11.0。糖尿病の初発です。教科書通りの治療をしていくことにしました。

80代女性。何かと精神的に悩んでいる様子です。ある時、口が渇く、水ばかり飲みたくなる、トイレばかり行く、と来院されました。普段の採血で糖尿病はありませんので、この場合は尿崩症や心因性多尿を疑います。

尿崩症とは水を体内に保つ作用を持つ抗利尿ホルモン(ADH)の分泌が欠乏することにより尿が大量に出ていきます。尿が崩れる、まるで雪崩のように流れ出ます。健常人は1日の尿量はせいぜい1Lですが尿崩症になると3L多い場合は10L程度薄い尿が出ます。その結果非常に喉が渇き水ばかり飲みます。飲まないと脱水になるからです。

腎臓は尿を作るのですが、水分調整と老廃物排泄の役割があります。腎臓には大量の血液が流れて尿のもとになります。必要なものを再吸収し、不要なものだけを尿として排泄します。その再吸収に必要なものが抗利尿ホルモン(ADH)です。脳の視床下部で作られ脳下垂体から分泌されます。この抗利尿ホルモンのおかげで尿がじゃじゃ漏れにならなくてすんでいるのです。

抗利尿ホルモンは視床下部~下垂体で作られるので、頭部外傷、脳梗塞その他の脳の病気でもおこりますし、突発的に抗利尿ホルモンが作られなくなる時もあります。これらを中枢性尿崩症と呼びます。一方で抗利尿ホルモンは十分あるけれども腎臓にうまく作用しなくても尿崩症となります。これを腎性尿崩症と呼びます。

糖尿病でもインスリンがつくられない1型糖尿病とインスリンがうまく作用しない2型糖尿病がありました。ついでに糖尿病は Diabetes Mellitus 、尿崩症は Diabetes Insipidus です。英語病名は似てたんですね。

尿崩症かどうかを調べるには頭のMRIなどで視床下部~下垂体系に異常があるかどうかの画像診断をします。ホルモン検査では水制限試験や高張食塩水負荷試験で抗利尿ホルモンが出ているかどうかを確かめます。いかにもつらそうな負荷試験ですね。実際につらいです。そして尿崩症という診断がつけば治療です。デスモプレシンという抗利尿ホルモンと同じような働きを持つ薬を鼻から噴霧、あるいは内服します。

先ほどの80代の女性は病院に短期間入院して諸検査を行いました。頭の画像診断問題なし、負荷試験(結構辛いんです)をするまでもなく安静にして水分摂取制限をするともとに戻りました。心因性多飲という診断です。これが続くとあとでお話しする水中毒になります。

今度は60代女性。口が渇く、と来られました。徐々にトイレの回数が増えて水を飲んでも飲んでもトイレに行くと大量に出てしまう、といわれます。尿崩症の疑い濃厚です。
早速病院に紹介して精密検査してもらいました。

口渇、多飲、多尿の症状で、尿浸透圧低値、負荷試験でも抗利尿ホルモンの反応なしでした。頭部MRIにて下垂体後葉の高信号が消失しており中枢性尿崩症と診断されました。デスモプレシンという薬の内服でとてもよくなられました。

最後は、昔勤務医をしていた頃、救急外来に吐き気がするといってこられた中年男性の話。救急外来といっても皆救急車で来るわけではなく、歩いてこられる方も多いです。普通は椅子に座り話をお聞きするのですが、その方は吐き気がするという割には、いきなりその辺にある入れ物を取って水道を見つけだしその容器に注ぎ込んでガブガブのみ始めます。???。
先輩医師に、精神疾患の水中毒だ。と言われました。

水中毒とは、過剰の水摂取により体内の溶質が急速に希釈され、その結果神経系に刺激症状が出てくる病態です。主に向精神薬の副作用である口渇で飲水が習慣化し強迫的に飲水が増える、幻覚・不安・妄想などから飲水が増える、あるいは向精神薬の長期使用に伴う口渇中枢の異常など、により多量に飲水をするようになります。大量の水が腎臓の処理能力を超えるとナトリウムが希釈され低値となります。症状として頭痛、吐き気、倦怠感、重症になると錯乱、意識障害が出てきます。治療は水制限なのですが。難しそうですね。

異常に喉が渇く人は糖尿病、尿崩症、心因性多飲など考えてください。心因性多飲以外は水を我慢しても悪化する一方ですので必ず医師に相談してください。