超高齢者のコレステロール

特定健診ではLDL(悪玉)コレステロールが119mg/dl以下が正常、それ以上だとチェックが付いてきます。悪玉コレステロールが高いと皆さん心配されますね。

以前よりコレステロール値が高い人は低い人と比較して心疾患(狭心症・心筋梗塞)を発症しやすいことがわかっていました。
脂質異常症の日本人にスタチンを投与してコレステロール低下療法が心疾患予防に有用かどうかを調べた試験(J-LIT試験)というのが2000年に発表されました。結果としてLDLコレステロールが160mg/dl以上だと心疾患や心臓突然死が多くなるのですが、逆に80mg/dl未満では癌による死亡が高くなる、とのことでした。ただしこの試験には比較対照群はなく無作為試験でもありません。LDLコレステロールが低いと癌が多くなるのはやや疑問です。

その後の研究で同じ量のLDLコレステロールであっても粒子が小型化したものは超悪玉コレステロール(small dense-LDL)と呼ばれ、酸化を受け動脈硬化プラークの形成を助長させることがわかりました。一方粒子の大きなLDLコレステロールはそれほど悪さをしないと言われています。ただしsd-LDLは測定できますが保険適応はありません。
超悪玉コレステロールが多いかどうかは中性脂肪が多いかどうかで大体わかります。血液中の中性脂肪は150mg/dl以下が正常(食事内容により大きく変化はします)ですが、この中性脂肪の値が高い人はLDLが小型化してより悪玉になりやすいと考えられています。

結局LDLコレステロールが高いと心疾患(冠動脈疾患=狭心症・心筋梗塞)およびアテローム性脳血管疾患が増加します。スタチン系薬剤を内服してLDLコレステロールを低下させることで将来のアテローム性心血管イベントを減少させることが出来ます。そして最新のガイドラインではLDLコレステロールの管理目標値として一次予防、二次予防にわけてそれぞれ書かれています。

では高齢者で元気な人のコレステロール値がどんなものだろう、と思って少し調べてみました。
高齢者は65歳以上、いやいや75歳でしょう、まだまだ。というわけで当院に基本的に独歩で通院され殆ど認知症のない超高齢者90歳から100歳までの方のコレステロールや中性脂肪を調べてみました。(LDLコレステロール低下作用のあるスタチン系薬剤の内服なし)

皆さん施設入所ではなく元気に通院されておられる方です。多少足が悪くて家族の付き添いが必要な方もいます。認知症はあっても軽度です。基礎疾患は様々で、冠動脈疾患の既往のある方や癌の既往の方もおられます。高齢なので慢性心不全のある方は当然多いです。
スタチンは皆さん内服されておられません。当院通院中の90歳から100歳の方はほぼスタチンの内服はありません。

90歳から100歳の通院患者さん、51名(男性9名、女性42名)の平均LDLコレステロール値は125mg/dl(男101mg/dl、女130mg/dl)でした。善玉コレステロールであるHDLコレステロールは平均61.8mg/dl(男58.2mg/dl、女62.5mg/dl)、中性脂肪の平均値は133mg/dlという結果でした。
LDLコレステロール180mg/dl以上の方は7名でそのうち5人は中性脂肪も200mg/dl以上でした。

この結果は学術的なものではなく、治療介入をしてどうなったというものでもありません。単に元気な超高齢者の脂質の値はどうか、だけを見たものです。さて皆さんはどう思われるでしょう。

まず90歳から100歳で元気に通院されている男性は少ないです。圧倒的にお婆さんが多いです。男女の寿命の違いが表れています。
心臓が悪くても何とか通院できますが、麻痺のある方は通院できません。すなわち冠動脈疾患やその他心疾患はあっても脳梗塞後の方は少ないということです。

私は通院できる超高齢者は栄養状態が良くもう少しLDLコレステロールは高いものかと思っていました。結果は、皆さん悪玉であるLDLコレステロールは低く、善玉であるHDLコレステロールは高い傾向にありました。そして中性脂肪も低かったです。超高齢者は食事量が少ないのでコレステロールの値に多少影響があるかもしれません。

ただしLDLコレステロール180mg/dl以上(実際はLDLコレステロール250mgl/dlの方もいます)かつ中性脂肪200mg/dl以上の方も全体の1割程度いました。このような方は通常、放置しては危ない、あるいは家族性高コレステロール血症疑いなどと診断されてスタチン漬けですね。さらに中性脂肪が非常に高いと超悪玉だからといってなおさら投薬されます。

90歳から100歳は通常の癌は克服している年齢なので、元々LDLコレステロールが低い人は心血管疾患が少なく結果として健康寿命が長い。
そのような印象です。

2020年に発表されたデンマークのコホート研究では(詳細は割愛しますが)最も全死亡のリスクが低いコレステロール濃度は140mg/dL前後でした。

ということで、当院での超高齢の元気な方のLDLコレステロールの平均値125mg/dlは上記の研究とも近いですし、特定健診のLDLコレステロール120mg/dl以上は要注意も間違いではないのでしょう。そして善玉であるHDLコレステロールが高く、中性脂肪が低い人が元気なお年寄りでした。では若いころからLDLコレステロールを積極的に下げればこんなに元気に長生きできるかどうかはわかりません。そんな魔法のような薬はなさそうです。
今回はこのあたりで。