労働者と睡眠

日本人の睡眠時間ははOECD(経済協力開発機構)加盟国の中で最低の7時間22分(2018年)となっています。30か国中27か国では平均8時間を超えています。また実際の調査では有業者(労働者)の睡眠時間はさらに短い6時間30分程度で7時間を超える人は40%程度といわれています。

私は何社かの企業の産業医をしてますが、睡眠時間を聞くと6時間以下と答える方が多いです。5時間の方もいます。逆に外国人労働者は約8時間寝ているようです。病気のリスクを下げるために睡眠時間を確保しましょうと言っても皆さん無理そうです。睡眠時間が減ると当然仕事のパフォーマンスが低下します。さらに睡眠時間が減ると抑うつ状態となり正常な判断ができなくなります。睡眠不足に伴う経済損失は喫煙より大きいとされています。
日本人は昔から長時間、仲間と場を共有することがその人の高い評価につながるといった考えが多いので睡眠時間を削ってでも職場に居ようとします。明るいうちに帰宅すると近所のお母さんたちからあのご主人仕事してるのかしら、と見られたりします。

1日24時間のうち必要な生活時間6時間と労働時間8時間を差し引くと10時間となります。1日4~5時間の残業は睡眠時間が5~6時間以下となり過労死の頻度が増えてきます。
最低6時間睡眠をとれば心と体を何とか保てると考えられています。労働時間が長くても睡眠6時間以上であればうつ状態のリスクは上昇しなかった、との報告があります。また次の仕事との間のインターバルはできれば14時間、最低11時間はあると身体的な不具合はでない、といわれています。

今まで生活習慣病予防のために禁煙しましょう、食生活を見直しましょう、睡眠をしっかりとりましょう、と言われ続けてきましたが、個人の自由、やりたくてもできない人もありなかなかうまくいきませんでした。
そこで健康を資源として考えるようになり、個人が生活習慣を改善できるよう環境整備を行うこと、すなわち働き方改革が重要となってきました。

過酷な通勤時間を有効に使えるように情報通信機器を用いたテレワークを推進してきましたがなかなか進まず、と思っていたらコロナ禍で一気にテレワークや在宅勤務が当たり前になってきました。このたびの緊急事態宣言が解除されても会社に行かず今まで通りテレワークの企業が多いようです。
テレワークのメリットは何といっても通勤時間がなくなることです。デメリットは運動不足、昼夜逆転です。またテレワークだと仕事と仕事以外の区別ができないことがあり結果的に労働時間が長くなってしまう場合もあるようです。

中途覚醒せずに深い睡眠をとるのに必要なのは日中光を浴びることと適度な運動です。満員電車は過酷ですが駅まで歩いたり電車に間に合わないから小走りする、といったことも実は重要なのです。睡眠を妨げるものとしては過量のカフェイン、夜間のブルーライト、眠前の食事、飲酒です。
在宅でのテレワークでは決まった時間に起床、明るいところで朝食、通勤の代わりに小走りの散歩、テレワーク中は集中して夕方切り上げる、寝る前にネットにはまらない、ことが良好な睡眠の条件です。そうすることで翌日も高いパフォーマンスを発揮できます。

でも実際はテレワークの日はゆっくり起きてごそごそしながらテレワーク、夕方からテレビやネット見ながら酎ハイ、夜は同僚とZoomで談笑、そして週に2回程度は出社し同僚と大声で上司の悪口を言う、帰りにちょっと一杯。そんなテレワークが理想的ですね。

最期に睡眠不足で体調がすぐれない時に忘れてはならないのが睡眠時無呼吸症候群。日本人では明らかな症状(頭重感、日中の眠気、倦怠感)のある睡眠時無呼吸は男性の約3%ですが、いびきだけで本人の自覚症状のない潜在性の睡眠呼吸障害は5人に1人と言われています。テレワークが増えて運動不足で体重が増えると睡眠時無呼吸はさらに増えそうです。

睡眠を削って仕事をするより睡眠の環境を十分に整えたうえで仕事をする方が明らかにパフォーマンスは上がります。人生の1/3~1/4を占める大切な睡眠についてもっと考えてみましょう。