癌か炎症か、内科か外科か?
当院かかりつけのAさんのお話しです。Aさんは小さな会社の社長さんで自分がいないと業務が回らないらしく、いつも忙しそうです。ご自分で健康管理をされていて今回は最近撮ったCTのことでご相談に来られました。
前回胸部CTを撮ったのが2020年、今回3年ぶりに撮られました。3年前は何もなかったのですが、今回は左肺下葉の胸膜に接する部位に1cm弱の腫瘤を認めました。さあ大変、これが癌でないかどうか騒いでおられます。
Aさんは病気ではないので画像診断専門のクリニックで検査をされました。通常CTを撮ると、今回のような画像診断クリニックではそこにおられる放射線科の医師が画像を読影し診断することになります。Aさんの結果は多分炎症なので心配ないですよ、の診断でした。
CT検査などで本来ないものが映っていると普通は腫瘍か炎症かどちらかです。
癌を代表とする腫瘍とは組織、細胞が生体内の制御に反して自律的に過剰に増殖することによってできる組織塊のことです。一方炎症とは外的・内的要因による様々な侵襲に対して免疫系が中心となって認識し、排除する生体防御反応です。(実際には慢性炎症も発癌を誘発しますがここでは触れません。)
要するに、肺癌か、あるいは肺炎・気管支炎・胸膜炎の影かどちらかです。
例えば総合病院で呼吸器内科の医師が、ある患者さんに対してスクリーニング検査として胸腹部CTを撮ったとしましょう。検査後、放射線科医が診断した所見が、検査を依頼した呼吸器内科医のもとに返ってきます。その際、例えば、総腸骨動脈分岐部に小さな動脈瘤あり、あるいは胆嚢腺筋症疑い、など・・・。肺以外の所見は悪性腫瘍でなければあまり興味なくスルーされるのが通常です。でも肺に10mmの腫瘤あり、おそらく炎症後の所見、と記載があればそこを詳しく観察します。呼吸器が専門ですから。その結果これは炎症ではなく癌っぽいな、ということであれば放射線科医とディスカッションするわけです。やはり癌っぽければ早速詳しい検査を行います。癌か炎症かはっきりしない場合は2~3か月後再度CT撮りましょう、というのが普通です。2~3か月後変化なければ半年~1年後にまた検査しましょう、と言われます。
私のところに来られたAさんは画像を見せてくれました。確かに1cm弱の腫瘤があります。放射線科は炎症と診断してますし、典型的な癌のような丸々とした感じではなく、胸膜にくっついているし、一部楔形なので私もどちらかというと炎症と思いました。でも本人にとっては非常に大事なことです。
このような場合は通常は呼吸器内科に紹介することが殆どです。先ほどお示ししたようにはっきりしない場合は2~3か月後に再検が一般的ですよ、とお話ししました。Aさんはそんな長いこと放置するのは非常に心配だし早くはっきりさせたい、との希望がありました。
そこで私は実際に手術をする科である肺癌手術実績豊富な呼吸器外科医をご紹介しました。呼吸器外科は実際に手術をして自分の目で癌病変を確かめるので術前とのCT比較を常に行っています。
早速Aさんは呼吸器外科を受診されました。担当医師は「私もどちらかというと癌よりも炎症だと思います。でもどうしてもご心配であれば最短1週間後なら手術できます、あるいは1か月後にCT再検して同じであれば手術しましょう」と言われたそうです。
Aさんまた悩んでこられました。早速手術する科と2~3か月再検して変わりなければ1年後、というのでは同じ病気に対して見解が違い過ぎるのでは、と。確かにそうですけど。内科医は切らずに薬で治療する、外科医は切って欲しいから来たんでしょう、当然ですね。
私はAさんにCTC検査(循環腫瘍細胞検査)を提案しました。CTC検査はブログでも何度か取り上げていますが、超早期の癌を血液検査で見つける手段です。癌が1mm程度の塊になると血液中に漏れ出し、それを見つけることで画像診断では映らないレベルから判定するものです。何もない人がスクリーニングでするのも良いのですが、今回の場合のように1cm程度の塊があり癌か炎症かをはっきりさせるにはもってこいの検査です。
私の提出しているCTC検査はギリシャのラボで行う保険外の検査で、判断には賛否両論があるのは百も承知ですが、どちらかはっきりさせたい場合には非常に有用であると考えています。
AさんにCTC検査を行いました。結果は陰性で、血液中に癌細胞は検出されませんでした。多分癌ではないと思いますよ、でも呼吸器外科にいわれたように1か月後のCTは受けてくださいね、とお話ししました。1か月後といっていた検査がすでに数日後になっていました。
呼吸器外科で再度CTを撮った結果は完全に腫瘤は消えてました。炎症後の所見との診断でめでたく無罪放免となり大変喜んでおられました。もし同じサイズのものが残っていたとしてもCTC陰性なので私は手術は勧めなかったと思います。
癌か炎症かをCTで判断するには形態で判断します。明らかに癌、明らかに炎症、というのはあっても、どっちかな~というのは一回の画像だけで判断するのは極めて困難です。そのような場合に先ほどのCTC検査陰性は絶対ではないものの癌ではない傍証となり得ます。
あとで聞いた話ですがAさんはCTを撮る1週間ほど前にコロナにかかり、1日発熱しただけですが、その際咳が多く左背部がチクチクしていた、とのことでした。おそらく関係あるのでしょう。
通常カゼ程度の人に連続してCTを撮ることはまずありません。ただしそのような際にも一過性の気管支・胸膜の炎症が起こり、CT上に異常陰影として映り短期間で完全に消失することがある、というのは勉強になりました。ご参考になればと思います。
(なお画像その他は同意を得て掲載しております)