健康経営と生産性向上

労働者の生産性向上に必要な要素を導き出すためにホーソン実験が1927年に実施されました。労働者の能率改善や士気向上は、労働の場や作業環境よりも、集団の中の人間関係に大きく左右されるという結果でした。労働者個人の心理状態、個人的な人間関係が生産性に影響を与える、ということです。

そこで職場内人間関係の改善、カウンセリング導入といった職場のメンタルヘルスの改善が行われるようになりうました。

健康経営とは、企業が労働者の健康に配慮することで経営において大きな成果が期待できるという考えのもと、健康を経営的視点から考え、戦略的に実践することを意味します。

こんな米国のデータがあります。企業が1万ドルを健康に投資したときに13年後には優良健康経営表彰企業では1万7,871ドル余になり、S&P500社平均では9,923ドル余にとどまっていました。
健康に投資する場合、労働者の健康関連コストは医療費、長期的・短期的障害、欠勤(アブセンティーイズム)、プレゼンティーイズムに分けられます。プレゼンティーイズムとは欠勤するほどではないが、心理的な要因、頭痛・腰痛などにより生産性が落ちている状態のことで、最も大きな割合を占めています。

優良健康経営表彰企業ではこのプレゼンティーイズムを重要視し人材を資産と考え、積極的に労働者の健康維持・増進に投資をすることで健康への投資が生産性の向上に返ってきました。

具体的にみていきましょう。企業がお金をかけてオプションのたくさん入ったドックを行っても、臨床医から見れば比較的若い方に腫瘍マーカー多種類測定する、あるいはPETを行って癌を探しにいっても確率は低く得策だとは思いません。それよりも時間はかかりますが労働者の心の問題を探しに行く方が有意義だと考えます。

心の健康問題は作業効率の低下、長期休業の発生など、労働力の損失につながります。また心の問題の不調はアルコール依存にもつながり、会社内外で事故やトラブルを起こすことになります。

働き方改革という言葉が浸透してきましたが、その改革はいいことづくめなのでしょうか。

欧米と日本では若干異なることがあります。欧米は労働は単なる金稼ぎの手段(もちろん違う場合も多いですが)、それに対して日本では会社は仕事をする場であると同時に大切なコミュニティになっています。職場が人間関係のすべて、という方も周りには多いのではないでしょうか。
働き方改革で、労働時間短縮は詰めて仕事をすることとなりメンタルヘルス不調の増加につながる恐れがあります。効率を重視するばかりにコミュニケーションは減少し人間関係が希薄化します。有給休暇取得増加により出勤者の負担が増え人間関係が悪化します。また在宅勤務、フレックスタイムにより、これも愚痴を言い合う仲間が減り人間関係の希薄化につながります。これでは冒頭に申し上げたホーソン実験の結果と反対になり、生産性が落ちる恐れがあります。

管理職は労働者のメンタルが不調かどうかを何をもって判断すればいいのでしょうか。
部下を昼飯誘っても、頭重いからいいっす、食欲ないんッス。口数が少なくなる、イライラしている、表情が乏しくなる、これまでと違った様子が続く場合要注意です。指導、助言、激励などで何とかなる場合は、まだ適応障害の範疇です。

これが医療を受けるべき段階、うつ病発症に近くなった時を見逃してはなりません。管理職のみならず周りが気付いてあげるべきことは、今まで仕事が早かった人が急に遅くなりミスが増えてきた、今までと明らかに何かが違うといったことです。そして本人が疲れているのに眠れない、一時的にも楽しめない、こんな状況になれば早めに産業医に相談して医療機関に受診させるべきなのです。

同じことをやらせても特定の人にしかメンタル不調が出ないのは決してその人が悪いのではなく、管理職は労働者の特性を理解し性格をも考慮しなければならない、という電通事件の最高裁判決もあります。
労働者一人ひとりに応じた仕事を合わせる、仕事ありきではなくまずは労働者ありきの考え方になる必要があります。

企業からのドックが多い時期には皆さんとても詳しいドックの結果をお持ちになります。これだけ詳しく検査していれば当分当院では検査しなくてもいいですよ、と言いながら個々の値を解説します。ただし労働者の心の問題点は詳しいドックの結果からは読み取れません。

うちの会社はこれだけ社員の健康にお金を費やしていますよ、といったところでその大半が詳細なドックに費やすだけでは会社全体の生産性は上がりません。人材を最大の資産と考え時間はかかっても上司が部下にじっくり面談し心の問題が出ていないかどうかを確かめ、問題があれば産業医に報告し連携して解決する。時間はかかりますがこれを続けることにより離職率が下がり働きやすく、結果として生産性の向上する職場になっていくはずです。