日本人の動脈硬化

歳とともに血管は硬くなりしなやかさを失い、脳卒中や心筋梗塞などが引き起こされます。日本人は昔から欧米人に比べて脳卒中が多く心筋梗塞が少ない傾向にあります。

日本人の動脈硬化を考える際に参考となるのが久山町研究です。久山町は福岡市の隣にある人口約8000人の町で職業構成など日本全体の平均とほぼ一致しており日本の平均的な集団とされています。久山町の40歳以上の住民を対象に1960年代から循環器疾患の疫学調査を行ってきました。受診率・その後の追跡率も高く非常に参考になる研究です。
1961年と2002年を比較すると高血圧に関しては、男性は不変、女性は減少しました。喫煙率は男性・女性とも約半分に減少しました。ここまでは良いのですが、肥満は男性・女性とも約3倍に増加。糖代謝異常は男性・女性とも約5倍に増加しています。何となく納得ですね。

次にその後の追跡調査でどのような病気を発症したか、という結果です。これも1960年代と2000年代を比較しています。心筋梗塞などの冠動脈疾患は男性は不変、女性は減少しています。脳卒中全体は男性・女性ともに減少しています。
脳卒中は脳梗塞・脳出血・くも膜下出血の総称であり、さらに脳梗塞は血圧の関与が大きなラクナ梗塞と血圧に加えて糖尿病・高脂血症がリスクとなるアテローム血栓性脳梗塞に分けられます。この40年でラクナ梗塞は減少しましたがアテローム血栓性脳梗塞は増加したという結果となっています。

日本動脈硬化学会が5年ごとに発表している動脈硬化性疾患予防ガイドラインというものがあります。
今までは主に冠動脈疾患に対する予防であり、私もこれを用いて患者さんにコレステロール値のことを散々説明しておりました。2022年度版からは冠動脈疾患のみならずアテローム性血栓性脳梗塞を含む動脈硬化性疾患発症のリスク評価を目的としたものに変更されました。もちろんややこしくなっているのですが。

日本動脈硬化学会「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版」より

その中で上の表を用いてその患者さんの今後10年間の動脈硬化性疾患の発症確率が求められるようになっています。もちろんこれは久山町研究をもとに作成されたものです。

例えば、67歳男性、血圧150mmHg、糖尿病軽度あり、LDLコレステロール170mg/dl、HDLコレステロール35mg/dl、喫煙あり、の患者さんが来られました。上の表からスコアは18点となり、今後10年間の動脈硬化性疾患の発症確率は20.2%と高い数字となっています。男性の平均寿命は約80歳なのでまだまだ間に合います。この方の場合危険因子は薬物・食事・運動などで何とか取り除きましょうね、となります。

今度は、58歳女性、血圧110mmHg、糖尿病なし、LDLコレステロール190mg/dl、HDLコレステロール74mg/dl、喫煙なし、こんな女性は多いです。この場合はスコア3点となり、今後10年間の動脈硬化性疾患の発症確率はたったの1.1%です。この場合は何もしなくても良いことになります。ただしLDLコレステロールが200mg/dlを大きく上回り、アキレス腱肥厚を伴うような家族性コレステロール血症の場合はこの限りではありません。

コレステロールが高い、血糖値が高い、血圧が高い、で来られた患者さんには最近はこのように説明することにしています。

話はややそれますが、日本人の死因の1位はがんです。心疾患と脳卒中を合わせて2位になります。ですので動脈硬化性疾患も重要ですが、がんがもっと重要なのです。
国立がん研究センターその他のグループが作成している日本人のがん予防ガイドラインです。
禁煙、節酒、食生活の見直し、身体を動かす、適正体重の維持、感染症の検査、です。えっ、たったこれだけ、と思われるかもしれませんが以上の項目はがん発生に関与しています。
そして禁煙、食生活の見直し(減塩)、運動、肥満、これらはすべて心血管疾患と密接にかかわっており、動脈硬化性疾患とがん発生の危険因子はオーバーラップする点も多いのです。

1960年代は脳卒中での死亡が圧倒的に多かったのですが、2000年代に入ってがんでの死亡が最も多く、脳卒中・心疾患合わせても2位となっています。時代、食生活の変化で増加する病気、減っていく病気があります。予防医療をしっかり行うことで全疾患が減っていくと良いのですが、今後30年間で思いもよらぬ病気が増加しないことを願っています。